天 然氷も扱っていた老舗の氷屋です。
オールシーズン、氷、かき氷用品、
ドライアイスを販売しておりますので、
覗いてみてください。
地元三重県地場産品も多数扱っています。

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動機・出合

氷のインターネット通販を始めた動機は何ですか?
と問われることがよくあります。

当社が日本で初めてインターネット通販で氷を本格的に販売し出したこと。
楽天市場で南極の氷を販売し、南極条約のため入手できなくなってからは、アラスカから氷河の氷を輸入し現在日本で唯一取り扱っていること。
富士山天然氷の商品化に尽力し、その後は山梨県山中湖村からナチュラルミネラルウォーターを取り寄せ山中湖村の冬期平均温度-10℃前後で凍らせた、
富士天然水の氷を販売していることなどから毎年マスコミからよく取材を受けます。

「電気冷蔵庫、自動製氷機の普及、それに続いてコンビニエンスストア、スーパーマーケット等で手軽に氷が入手できるようになったことから、
全国の氷屋の経営は日増しに苦しくなり、設備の老朽化、後継者不足に伴い廃業が増えてきていますが、
大きなイベントでの氷の需要、美味しいかき氷、高級なウィスキー、焼酎等には氷屋の氷が欠かせないというお客様の要望は絶えません。
当社はそんなピンチをチャンスと考え、全国の転廃業した氷屋に成り代わりお客様の需要に応えたいとインターネット通販に参入いたしました。」
と、その都度答えていますが、そしてそれは真実でありますが、
それは参入した原因であって、動機ではありません。

まだインターネット通販に参入していなかった冬のある日でした。
確か日没前だったと記憶しています。パートさんは既に帰っていましたから。
2階の作業場でわたしと妻は2人で砕氷を袋詰めしていました。
階段を上る足音がして一人の男性がドアを開けると同時にわたしを見つめ、
「かき氷を作って欲しい。」と言います。
妻とわたしは互いに目配せしました。こんな真冬にかき氷?と声に出しそうでした。
2軒隣にスーパーマーケットがあり、そこのアイスクリーム・コーナーにカップアイスがありますよと、と答えると、
「それでは駄目なんです。カップアイスならわたしの近所にも売っています。」と言い、
「本物のかき氷が欲しいのです。」と言います。
「近くの氷屋さんに頼みましたがことごとく断られ、最後にここに来ました。」と言います。
そして手提げ袋から椀を出し、「これに一杯でいいんです。」と言います。
氷屋ですから氷を売るのは商売ですが、ひと椀の雪を欲しいと言われてもと躊躇っていると、
「母がかき氷を食べたいというんです。
もう何も喉を通らないのに、かき氷が食べたいというんです。
最後に本物のかき氷を食べさせたいんです。」と、椀をわたしの目の前に差し出しました。
わたしは宮沢賢治の「永訣の朝」を思い出して泣きそうになりました。

「あめゆじゆとてちてけんじや」

結核の高熱に苦しむ妹トシの賢治への最後の願いごとでした。
「あめゆじゆ」とは雨雪と書くのでしょう。
当初わたしは「雨雪を取ってきてちょうだい」と理解していました。
多くの読者もそのように解釈し、解説している方もいますが、
賢治をよく知る評論家がけんじやは賢治のことだと書いているのを読んでから
わたしもその説が正しいと思うようになりました。
妹は最後に「雨雪を取ってきて賢ちゃん」と言ったのだと。
わたしも小さい時妹を亡くしているのでこの詩には特別な思い入れがあります。

翌春1枚の葉書が届きました。
そこには先日母が亡くなったこと、かき氷を喜んで食べたこと、
そしてわたしへの感謝が綴られていました。

もう一つの出合
このエピソードにはまだ続きがあります。
その翌々年でしたか、同じような冬の日でした。
今度はかき氷シロップを売って欲しいと男が店に来ました。
コンビニで探したが何処も、かき氷シロップは夏場しか置いていないと断られ、
電話帳で調べてここに来たといいます。
かき氷シロップは賞味期限が長いため数種類の在庫がありましたので、それらの味の種類を告げると男は非常に喜び全種類欲しいといいます。
当時は1.8Lパックしか扱っていませんでしたので、1本あれば1家族1年はもつから1、2本でいいのじゃないのと助言しましたが、
全部もらうといいます。お金はちゃんと払いますからと笑いながら。
そして母はもうかき氷しか食べられないんです。
いろんな味を食べさせられて良かったと笑顔で去っていきました。

通販を始めて冬場にかき氷シロップの注文があると、彼らのことを思い出します。
そして
今日までやってきて良かったと。

永訣の朝

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (*あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨いんざんな雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜じゆんさいのもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀たうわん
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛さうえんいろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系にさうけいをたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(*Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (*うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
出典:青空文庫、宮沢賢治「春の修羅」
文責:伊藤忠弥